私の身体と心の状態が一番酷かった(悪かった)時から3年以上経ちました。

 当時のことを考えると「本当に自分の身にあった出来事だったのかなぁ」などと主人の苦労も省みず、呑気な思考になってしまう私です。


eff2f3af0e5d1d0e841c0e0155541941_s.jpg


スポンサーリンク
 今回ブログを書くにあたって、3年前から今までのことを振り返ってみようかどうしようか、私は考えてしまいました。
 正直、当時のことを思い出すと(思い出そうとすると)、なんとなくモヤモヤっとした気持ちがあるからです。

 しかし「時には「省みる」ことも必要なんだろうな・・』と思い、書くことにしました。


2014年のアスペ子と主人


 この年のことは全く覚えていないと言った状態です。
 唯一、自分のことで覚えていることは、私はいつも・・一日中、ベッドの中にいて、寝ていたり、ボーッとしていたり、泣いていたりしていたことだけです。

 その間、主人は「アスペ子はアスペルガー症候群ではないか?」と思っていたので、障害者に詳しい実妹に相談したり、市役所の精神福祉に関係する福祉課に、家から1時間以上もかけて徒歩で相談に行ったりしていました。

 これも忘れはしません。この年は6月だというのに猛暑続きの毎日でした。
 この時には、もう我が家にはお金も車もなく、主人は炎天下の中、徒歩で、しかも何度も家と市役所を往復していました。

 さすがに疲労困憊の主人の様子を見た市役所の人は、とても親切にしてくださって「奥さんのためにも、静かな環境に引越しをした方が良い」とか「すぐにでも奥さんを病院に連れて行きましょう」とか、いろいろと主人にアドバイスをしてくれたそうです。

 主人もゲッソリとヤツレテしまい、うまく回らない頭で一生懸命に考えてくれ、引越しの段取りや、私の通院の手配や、その他諸々、私を支えてくれました。

 今でこそ「〇〇日にハンバーグを食べたよね〜」「〇〇日に友人が遊びに来て、台湾料理屋さんにランチに行ったっけ」などと覚えていて会話をしていますが、当時の食事のことは、二人とも「どうやって、何を食べていたのか」さえ覚えていません。
 一度あったことは忘れることのない頭を持った主人が、当時の食事のことを全く覚えていないということは、我が家がよっぽどひどい状態だったということです。

 当時の食事のことばかりは、今考えても「ゾッ」とします。

2014年の引越し


 引っ越しは、水槽だけはあらかじめ主人と私とで行いました。義妹の車を借りて、10日間くらいかけて水槽の引越しをしました。
 ペットではなく、もう家族になっている魚達ですから、魚達だけは自分たちの手で引越しをしよう。と、主人と二人で頑張りました。

 その他の主人や私の荷物は少ないのですが、業者に頼みました。今までの引越しはすべて自分たちで行ってきたので、初めて業者に頼んだのですが「こんなに楽なのか・・」と驚きました。

 引越し先は市内間でしたが、それまでとは違い住宅街の一角で県境でした。県境には小さな川が流れ、風景を見るとそれまで住んでいた同じ市内とは思えない場所でした。
 私は引越しの興奮と、自然に囲まれてとても静かな環境に住めるという興奮とで、とてもハイになっていました。しかもアパートの1階に住むことになったのですが、2階は空室でした。こんなに良い条件なんてありません。

 引越しをする直前から心療内科に通っていましたが、引越しをしてから心療内科に行くことが楽しくて仕方がなくなるほど「良くない」興奮状態でした。
 なぜ興奮していたかというと、主人といつも一緒にいられる(依存)、家から歩いて最寄り駅まで行ける・・など、それまでとは違った生活が楽しくて刺激的だったからです。

 しかし、このような私の状態は「紙一重」の状態です。主人は毎日毎日、悩み緊張の連続の日々でした。いつ私が爆発したり、うつ状態になるかと・・・
 そして、主人はカサンドラ症候群になってしまい、私と共に心療内科で受診するようになりました。

2015年の試練


 私は心療内科に通って処方薬を飲んでいましたが、なかなか精神状態が安定しませんでした。その度に主人と話し合い、どうしたらいいのか、何が原因なのかを検討しました。
 そこで、心療内科の先生に頼んで紹介状を書いてもらい「大人の発達障害の専門の病院」に行くことになりました。診断結果は「発達障害の自閉症スペクトラムの中のアスペルガー症候群と多少のADHD」とのことでした。

 主人は「やはりそうだったか」と思い、私は「ふ〜ん・・そっか・・」と、二人の間で受け取り方が違いました。私はあまり深刻に受け取っていなかったのです。それよりも、主人と都内に行くことができたということの方が嬉しくて仕方がなかったのです。(今思うと笑ってしまいます)

 その後もかかりつけの心療内科に月に一度の通院をしています。アスペルガー症候群の二次障害のうつ廟を軽減させるためです。
 しかし、心療内科に通って処方された薬を飲んだからといってもすぐには良くはなりません。やはり「時間」がかかります。「一進一退」の状態が毎日のように続きました。

 また、主人の仕事も「一進一退」でした。私の介護と仕事の両立が、主人にとってとてもプレッシャーになっていたのだと思います。
 何かと言うと「場の空気を読めない」私が話しかけ、仕事の邪魔をしていたのです。主人はカサンドラ症候群から抜け出れない状態に苦しんでいました。

 生活は相変わらず苦しいままで、買い出しに行く時には徒歩でリュックを持って行きました。私は内心「戦中戦後の疎開の人のようだ」と思っていました。
 主人と一緒に買い出しに行くことが楽しかったのにもかかわらず、苦しい時もありました。そういう時に頼るものといったら、やはり頓服でした。

 いつまでこの状態が続くのだろうか?この生活が嫌なわけではないのに・・・
 不安ばかりが頭の中をグルグルと回っていました。

 そんな時についに住んでいるアパートの2階に入居者がやってきました。私はパニックになりました。特に「音」に対して敏感になってしまい、結局、就寝時の処方薬が増えてしまいました。
 つまり「環境の変化に対して適応することがうまくできなかった」のです。今、当時を思い出しても、ちょっとパニックというか、動悸が治らなくなってしまうくらいの出来事でした。(今、セニランを2錠飲みました・・・)

2016〜2017年に新たな事実がわかる


 アパートの2階の人にも慣れてきたにもかかわらず、私の症状は良くもなく悪くもなく・・どちらかというと、悪い部分が目立ってくるようになりました。
 心療内科の先生にも話しましたが、私は「アダルトチルドレン」だったようです。

 気付いたのはやはり主人でした。私の実家のことを知る、唯一の人であり、私の過去を私から総て聞いているだけに、主人は、私のことを総合的に考えると、私がアダルトチルドレンだと判断しました。
 主人はいつも言います「あの家庭環境の中で育ってきたんだから、アスペ子がアダルトチルドレンになってもおかしくないよ」と。

 そして、私はアダルトチルドレンとの戦いが始まりました。
 こればかりは時が解決するだけでは治りません。以前にもブログに書きましたが、アダルトチルドレンの克服は「自分の心次第」なのです。強く、そして揺るぎない心を常に持つことによって治っていくものだと、私は思っています。

 「生まれてきたくない、生まれたくなかった、家庭環境を恨む、両親を恨む」・・・嫌ですよね。気持ちの良いものではありません。
 ではどうすれば良いのか。考え方を、ちょっと変えるだけで良いのです。

 「上を向いて歩こう!」「環境は整ったんだから、あとは前進あるのみ!」「急がば回れ!」

 今はこの精神で生きている私です。
 このきっかけを作ってくれたのは、やはり主人でした。
 主人は節約をして、私に2016年10月頃にクロスバイクを購入してくれました。
 私は一生懸命乗りこなそうと、練習して練習していました。だんだん乗りこなせるようになってきたら、今度は楽しくて楽しくて仕方がなくなって、迷子になりそうになりながらも、いつもクロスバイクに乗っていました。

 主人にクロスバイクを購入してもらったことは、私の今までの人生の中で「一番」と言って良いほど重要な意味のあるものでした。
 クロスバイクのおかげで私の視野が広がり、思考も広がり、何よりも「達成感を得る喜び」を知ることができました。

これからの我が家の在り方


 一言で言えば「楽しみながら質素に生活していこう!」です。
 主人と私と魚達で、いつまでこのアパートで暮らすかわかりませんが、「上を向いて歩こう!」「環境は整ったんだから、あとは前進あるのみ!」「急がば回れ!」という気持ちを忘れずに生きていこうと思います。

 もちろん、私の場合はアスペルガー症候群とうまく付き合い、アダルトチルドレンを克服し、そして、一日も早く主人のカサンドラ症候群が良くなるように私は「努力」していきます。

 その手段の一つとして「水泳」があります。今はまだリハビリ段階ですが、少しずつ泳げる体力や身体を取り戻していった暁には、競技大会に出場します。と、宣言します。

 それこそ体はどんどん老いていくわけですから時間がかかると思いますが、昔取った杵柄、頑張ります!
 それと共に主人の仕事が緩やかでも右肩上がりになっていくのだと思います。

うつ状態がひどい時期から3年以上が経過したこれからは・・・


 要は私次第。これから先は私次第。
 これからは、いつも私が心から感謝している主人と共に手を取り合って・・・

「上を向いて歩こう!」
「環境は整ったんだから、あとは前進あるのみ!」
「急がば回れ!」




スポンサーリンク